既にお亡くなりになったSさんという方は、数年前に私にとって初めてレビー小体型認知症という認識を持って接した患者さんです。元々非常に真面目な方だったのだろうと思わせる、硬い表情が印象的でした。

情けない話、当時の私の実力は、かろうじてその疾患を疑うことができる、というレベル。奥様に自信なさげに「レビー小体型という病気ではないかと思うのですが…。」とお話したことは覚えていますが、治療の方向性を示すことなど出来ませんでした。それもそのはず。当時私が読んでいた一般的な教科書では、レビーについての歴史や病理、特徴的な症状や検査所見にはかなりのページを割いている一方で、治療についての記載は究めてそっけなかったのです。のっぺりと濃淡なく、症状コントロールに使う薬剤の一般名が羅列してあるだけで、こんな風に使えばこんな効果が期待できる、と勇気づけをして背中を押してくれる雰囲気ではありませんでした。

当然ながら奥様もそんな頼りない私に認知症治療を迫るような無謀なことはせず、ご自分で色々調べた上で、遠方の神経内科にSさんを連れて行かれました。毎回渋るSさんを連れて受診しようとする奥様の熱心さに頭が下がると共に、‘自分には到底無理そうな’専門的治療を引き受けて頂いたことに、安堵した自分がいました。

Sさんは他に内科の疾患も合併していたため、そちらを通してお付き合いは続いてました。認知症に対して処方されていた薬の内容について、私には論じる資格がありません。Sさんの活動性は徐々に落ちていき、最終的にはお亡くなりになりました。

私がコウノメソッドを知り、その世界に足を踏み入れようと決意したのは、既にSさんの命の灯が消えようとしている頃でした。河野先生の教科書を読みながら私の頭の中に浮かんだのは、他の誰でもないSさんの姿です。その表情、雰囲気、歩き方。本の中に、沢山のSさんがいました。

河野先生の教科書は、とにかく実践的です。日本語さえ読めれば誰でも理解できる平易な文章で書いてあり、薬も実際の商品名で何mgから始めてどのような時には何mgまで増やす・減らすと超具体的。本を読んで理解を深めるのに多少の時間がかかりますが、それをクリアすれば明日からすぐに開始できます。検査機器などのハード面で「〇〇がないから出来ない」という言い訳の入り込む余地がありません。

治療の章を読みながら、私の中には今後への期待と同じくらい、苦い思いが広がりました。後悔と…申し訳なさ。Sさんを遠方に受診させる必要なんてなかった。専門医に任せる必要もなかった。一般的なレビーの経過からすれば‘奇跡’と言ってもよい改善を、ここで得られたかもしれない。自分がもう少し早く、一歩踏み出していれば。

先日、奥様と外来でお会いしました。献身的に介護されていた方ですから、まだお気持ちの上で立ち直れていないのでは…心の中の穴を埋められていないのでは…と心配しましたが、その表情はどこか晴れやかです。その理由はすぐにわかりました。

「主人との日々を通して得た病気の知識や経験を、今大変な思いをしている方のために役立てたい。」

奥様はそんな気持ちで家族会に参加され、活動を始めていたのです。

正直、私がコウノメソッド関連で慌ただしく動き回っていることを奥様は複雑な気持ちで見ていらっしゃるのでは、と恐れていました。私が奥様と同じ立場なら「そんないい方法があるなら、どうしてもっと早く夫に始めてくれなかったの。」という気持ちになったかもしれません。私自身が罪悪感を抱いているくらいですから、そう思われて当然です。ところが奥様は、そういう感情を超越したところにいました。

「実は私の近くにこんな方がいて困っているので、力になってほしい…」

早速奥様から相談を受け、お一人の認知症患者さんとのご縁が生まれました。

Sさん、奥様、本当にありがとうございます。家族が前を向いて進んでいるのですから、私もきちんと前を向いて進んでいこうと思います。

サンタさん

写真は長男が幼稚園で作ったサンタさん。クリスマスの足音が聞こえてきましたね。