1ヶ月前の11月20日、保健センターで市民の方を対象に『タバコと健康』について話をしました。資料を準備しながら「なぜやめられないのか?」を自分なりに考えていました。

「タバコをやめたいのにやめられない」という場合、なぜやめられないのかを自分でよく分かっていないことがしばしばあります。

「いや~自分は意志が弱くって…」

と言う方がよくいますが、本当は意志の強さは禁煙に関係がないのです。

やめられないことには依存が関わっていることが多いのですが、依存には身体的依存と心理的依存の2種類が存在します。まずは両者をしっかりと区別しましょう。

身体的依存はニコチン依存症とも言い、ニコチンが切れることでイライラしたり集中力を欠く状態のこと。依存と言うと多くの方がこの身体的依存をイメージするので、ここさえクリアすれば後は楽勝♫ 問題なくやめられる!と思ってしまうのも仕方ありません。でも心理的依存についてもしっかりと認識して戦う構えを取らないと、後々必ず足元をすくわれます。

心理的依存とは、一言で言えば『タバコはいいものだというプラスの感情・思いこみ』

「吸うとリラックスできる」「頭が冴えて集中できる」と言う方もいます。

(実際には、タバコを吸うとプラスになっていると思っているのは錯覚で、吸わない人は普段からずっと、そのよい状態にあります。喫煙者はタバコが切れた時間にマイナスの状態になるので、相対的に吸っている状態をプラスと捉えてしまう。だまされている訳です。)

錯覚とは言え、イライラした時、落ち込んだ時にいつも近くにいてくれて、慰めてくれる。元気にしてくれる存在。これって何かに似ていませんか??? まるで恋人のようですよね!!喫煙者にとってのタバコが恋人なら、これをやめろと言うのは心の支えを失うようで一見受け入れがたいのも納得がいきます。恋のど真ん中にいる時には、彼女を失ったら人生には何の楽しみもない…とさえ思いますから。

この恋人が、誠実なお相手であればいいのです。ゆくゆくは結婚するにしろ別れるにしろ時と共に落ち着くでしょう。でも、相手がものすごく悪かったらどうですか?お金をさんざん貢がせて振られるくらいならましな方。命まで狙われるとしたら…。

そういう訳で、先日の健康セミナーでは、タバコを『某女性被告とガチンコ比較』してみました。女性被告による保険金目的の連続殺人事件は、先日のニュースでは裁判での様子が報道され、週刊誌でもさんざん取り上げられていたので覚えている方も多いと思います。あの事件を見て、皆さんはどういう感想を抱かれたでしょうか?情につけこんで冷酷に命をお金に替えるやり口にゾゾーッとした方、なんであんな相手に夢中になっちゃうんだか理解できない…と思った方など色々でしょう。

タバコへの依存

「あなたはこの女性に騙された被害者と変わらないですよ。」ということを伝えたくてこんなしょうもないスライドを入れました。共通項は、相手に夢中になることで、高確率で殺されること。殺される確率ではK被告にかなわないものの、タバコはその相手の多さ(タバコによる超過死亡は年間11万人!K被告が毎年4万人必要です)では圧倒的に勝ち。

両者の最大の違いは、被告は死刑が確定しているのに対し、タバコはいまだ現役です。K被告に殺された男性の息子が、「親父が好きだった女性だから…」と棺にK被告の写真を入れることはあるでしょうか? K被告の素性を知った上で「女性の趣味は色々だし、殺されてもお父さんが好きでつき合ってるならそれはそれでありよね。」と言う娘は、まずないはずです。聞き入れてくれるかどうかはともかく、必死に真実を伝えて別れさせようとするのが普通です。でもなぜか、タバコだと放置されていることが多い。肺がんで亡くなったお父さんの棺桶に、大好きだったタバコを入れちゃったりするのです。吸い始めてから症状が出るまでの時間差(COPDでは20年)が、殺人の発覚を鈍らせてしまうのでしょう。

話がまわりくどくなりましたが、心理的依存から自由になるために大切なのは『意志ではなく意思を働かせる』こと。冷静な頭で相手の素性を見極め、相手と一緒にいることが自分の人生に何をもたらすか、それで自分の人生は本当によいのかをよくよく考える、ということでしょうか。禁断症状でイライラしたり集中力を欠いては冷静な判断はできないので、ここで禁煙補助薬に守られる3ヵ月間が生きてきます。この3ヵ月の間にじっくりと自分の人生を振り返り、今後の人生においてタバコと決別するというリセットボタンを押すことが大切。

そういった決別の儀式を踏まずに「入院を機になんとなくタバコをやめた」などの『なんとなく禁煙』パターンでは、1年後の飲み会の席でこれまたなんとなく勧められたタバコに手が出てしまい、ずるずる再喫煙…となりがちです。禁煙も失恋も、ズルズルと引きずることなくキッパリと次に行きましょう。

そう考えると、自分とタバコとの関係を考えることは、自分のこれまでとこれからを真剣に考える、絶好の機会とも言えますね。