こんにちは。ここ数日の茨城は少し寒さが和らぎ、春の気配を感じます。

 

以前私が『認知症と入院』という記事で

『自宅でウィンタミンを使って穏やかに過ごしていた方が、誤嚥性肺炎で休薬した途端…

という表現をしたところ、

『ウィンタミンを使ったから誤嚥性肺炎になったのではないですか?

定型抗精神病薬のウィンタミンも摂食嚥下障害の原因になると思うのですが。』

というコメントを頂きました。

単刀直入に言えば「そうかもしれません。」が私の答えです。ウィンタミンはクロルプロマジン系の定型抗精神病薬で、中枢神経系に働きかけエネルギーを抑えるいわゆる‘抑制薬’です。抑制薬全般の副作用として、眠け、歩行時のふらつき、嚥下障害などがあることは否定しません。

ただ、私自身は診療において大切なのは全体のバランスだと思っています。今回はこれをお伝えしたくてコメントを取り上げさせて頂きました。具体的に言えば、

「嚥下障害の原因になるからと抑制薬を使わなかったら、何が起こるのか?」

ということです。これは医学的のみならず社会的な転帰、家族への影響も含みます。

コメントを下さった方が認知症の患者さんを介護されている家族なのか、薬学や医学を勉強されている学生さんなのか、コメディカルの方なのか、情報がないのでわかりません。どのようなタイプのどのような段階の認知症の患者さんを想定してコメントしているのかもわかりません。私にわかるのは、私が日々接している患者さんの少なからぬ人たちに抑制薬が必要であるということだけです。抑制薬がなくても穏やかに生活できる方、使っても使わなくてもどちらでもいい方にはもちろん処方などしません。

隣人の家の植木を勝手に切ってしまう。運転が危ないからと車の鍵を隠したお嫁さんに怒って刃物を持って迫る。「家に火をつけてやる!」と叫ぶ。家に置いてある現金・お孫さんの幼稚園バッグを、ハサミでズタズタに切り裂いてしまう。これらは全て、私が担当する患者さんやご家族に日々起こっている現実です。あなたのご家族がそうなってしまった場合、どう対応しますか?

家での介護は限界だから、施設に預けますか?でも施設に預けた後に起こることは、施設の他の利用者さんに対し「てめえ黙れ!」と暴言を吐いたり、手を上げてしまう。オムツを替えるスタッフに唾を吐きかける。少し目を離した途端に、施設を出ていってしまう。これも全て実際に起こっていることです。施設だって限られたマンパワーの中で何とか回っています。薬なしでは入所を拒否されるかもしれません。拒否されなかった場合、しょっちゅうご家族であるあなたに連絡が行き、仕事中だろうと夜間だろうと「落ち着かない状態です。今すぐこちらに来て付き添ってあげて下さい。」と呼び出されます。現にそういう状態になり、このままでは仕事をクビになってしまう…と思いつめている娘さんがいます。

そのような陽性症状の荒ぶるエネルギーを(時に不十分であったとしても)なだめて家や施設の介護を何とか可能にしてくれるのが、抑制薬なのです。私はギリギリの状態で疲れ切っていたり、精神的に追い詰められているご家族に対し

「誤嚥性肺炎を起こすかもしれないから抑制薬は一切出しません。」

などとはとても言えません。患者さん本人さえよければ、ご家族が介護のために仕事を失ったり、自殺してもよいとは思えないからです。

もちろん抑制薬の注意点は説明し、眠けが強そうだったり足元がふらつく、食事をむせるようであればご家族の判断で減らして下さい、とお話しています。効果が得られる最小限の量を使う、これが家庭天秤法です。抗精神病薬を使うと誤嚥性肺炎の確率が○倍になる、というデータはありますが、どのくらいの量を、どんな風に使っているか、という情報はありません。家族に増減の裁量を委ねるという方法は現在の医療では一般的ではないので、医師が処方した量をずっと続けている可能性が高いと思います。

抑制薬の使用に限らず医療全般に言えることですが、○○は是か非か、という単純な話ではなく、その方の疾患や状態、介護される家族への影響を総合的に判断して、相談しながらその方にとっての落としどころを見つけるしかない、と思っています。

写真は、以前もの忘れ外来を受診された女性のお嫁さんが見せてくれたものです。被害妄想があり、毎日のように同居しているお嫁さんに「〇〇さん、お願いですから私のお財布を返して下さい…。あれが無いと困るのです。」と訴え、紙にも‘盗られた物’を記録しているのだとか。切々と訴える内容のメモ用紙の束が、とても重く感じました。お嫁さんは「真正面から受け止めずに聞き流すようにしています。」と淡々とおっしゃっていましたが、自分がお嫁さんだったらと考えるととても耐えられそうにありません。(自分の物をしょっちゅう人に盗られてしまうというご本人も精神的に辛いでしょう)ご家族の許可を得て掲載させて頂きます。

お嫁さんへの手紙