翻訳者の方とのご縁に恵まれ、『認知症の人を愛すること』という本に巡り合いました。急き立てられるように、2回読みました。衝撃でした。

認知症の人を愛すること

昔映画館で見た『フェイス/オフ』という映画を思い出しました。テロリストが主人公の顔を移植し、主人公を装って大切な家族に近づくシーンでの、妻の表情が印象に残っています。顔は夫そっくりだけれど、夫とは何かが違う…と妻が違和感を覚え警戒するのです。

そんなことはハリウッド映画の中だけのことだと思っていましたが、そうではありません。認知症の症状で人格が変貌していき、攻撃性が増す。大切な家族への思いやりをなくし以前のようなコミュニケーションが取れなくなる。これはまさしくフェイスオフの世界です。愛する家族が、いると同時にいない状態。筆者はこれを『曖昧な喪失』と呼んでいます。

曖昧な喪失には、突然の死別にはない独特の辛さがあります。大切な人との関係性が失われ、身を切るような辛さに襲われているにも関わらず、死別のような儀式もなく、喪に服す期間もありません。周囲の人が介護者を思いやって一定期間傍にいてくれることがないばかりか、悲しみの中にいることにさえ気がつかないことさえ多いのです。

この本を読み、これまでの自分の配慮のなさを思い知りました。ある程度進行した認知症患者さんの家族と接する時、私が心配していたのはもっぱら介護者の身体的負担だった気がします。陽性症状に振り回され、夜間に休息をとることさえ妨げられる…。もちろんそれも看過できる訳もない大きな問題ですが、介護者の精神的な問題はそれと同等に重大な危機だと言うことに、私は気づいていませんでした。自分だったらと考えれば、その問題の大きさはすぐに想像がつくと言うのに。

この本には、そんな問題についてどのように対応するべきかの指針が示されています。ここで簡単に紹介することなど出来ないほど深い内容であり、ぜひ読んで頂くことをお勧めします。これから認知症爆発の時代を迎えようとしている日本で、友人知人・親戚に認知症の患者さんや介護者が一人もいないという人は皆無に等しいと思います。身近にいる介護者の心理状態を察し、そして自分はそういう隣人に何をしてあげられるかな…と考えるきかっけになれば幸いです。

蛇足ですが、「‘ほどほどに良い関係’もまたあり、と受け入れる」「ひと休みの時間を持つことに罪悪感を持たない」というあたりは、夫婦や知人などの対人関係、育児中の母親のメンタルプロブレムにも有効な処方箋になります。私も「ほどほどに良い医者」で「ほどほどに良い妻・母」を目指します(笑)

森村さん、そして繋いで下さったお父様、本当にありがとうございました。