それまでは食欲旺盛だったのに、3月中旬から食事をとらなくなったという高齢女性が入院となった。

話を聞こうと思って話しかける。

「〇〇さん、食欲がないんですか?」

「はいはい。白菜なんですよ。」

「どこか痛い所があるんですか?」

「そこの白菜を取って下さい。」

しゃべり方はにこやかで、滑舌も悪くない。ただ何の話をしても『白菜』になってしまう。話しているとこっちまで白菜の漬物が食べたくなる。

お嫁さんの話では、10年前に鯉のぼりを指さして突然「あれ、何だっけ?」と言ったのが最初だったと言う。そのうち草取りをしたことを「ガチャガチャやった。」などと別の言葉で置き換えるようになった。(語性錯語)お孫さんに食べさせて、とカップラーメンを置いておいたのに、カップラーメンが作れなかったのだと言う。神経内科を受診したところ、病名は特に言われず、年のせいだと言われた。次第に野菜も作れなくなり、家事もできなくなっていった。5年ほど前に精神科を受診し、ドネペジルが処方され、興奮しやすい時期もあったようだが、3-4年ほど前からは白菜のオンパレードになり、怒ることもなくなったと言う。

話を聞いて、『意味性認知症』と診断した。語義失語(言葉の意味がわからない)が主な症状である認知症である。介入してくれたST(言語療法士)の本多さんも

「ウェルニッケ失語のパターンと似ていますね。側頭葉に脳梗塞はありますか?」

とコメント。

果たしてCTでは側頭葉の萎縮が目立つのか?答え合わせをするように頭部CTを見て、息を呑んだ。左側頭葉の萎縮が予想以上に凄まじい。この萎縮だと、ああいう症状になるのか。典型的な症状とCT画像をセットで頭に焼きつける。早速CT画像を本多さんにも見せ、情報を共有する。(本多さん、リハビリよろしくお願いします!)

側頭葉の萎縮

私がもの忘れ外来を始めたのは、平成25年9月。1年半前のことである。4か月間産休で抜けているので、正味の診療期間は1年間と少し。認知症診療に専念している訳ではなく、基本的には全身を診る町医者稼業がメインである。

理づめで物事を考える切れ者タイプではなく、物わかりは悪い。そんな自分でも、患者さんの実際に診察をすると、自分なりの速度で力がついていくのがわかる。

自分自身の経験値は1年だとしても、丁寧に病歴を取ることで、この方の10年間を俯瞰することが出来るのだ。最初はこんな症状で始まったのか。年単位で、そんな風に進んでいったんだ。その症状を訴えたら、よその病院の〇〇科でこんな風に言われてこんな薬を出されたという情報から、そういう治療が行われているのか、と学べる。早い段階で治療を始めたら、もう少し何とかなったのかな、と思いを馳せる。(10年前だとレミニールはなかったけれど)

そしてここからがリアルタイム。食事を口に運ぼうとしても手で口を抑えて拒否する方に、どんな介入をすれば食べてくれるようになるか。拒食がIII期の自発性低下、アパシーの始まりだとすれば、のんびり構えている余裕はないと焦りつつ。ドネペジル減量、サアミオン、シンメトレル、フェルガードLA,シチコリンかグルタチオン点滴??ドグマチールとプロマックの食欲セットも。ご家族には、食べられない状態が続いた時の栄養方法、自宅か施設かなどの今後の方向性について話し合って頂くようお話した。

臨床をしながら学ぶことは、威力がある。患者さんが前にいなければ、何冊教科書を勉強しても、今の状態には到達しなかったと思う。

大きな波に揺られ、気づけばずいぶん遠い所に来たものだ、と自分自身驚いている。1年半前の自分には出会うことがなかった人達に出会い、想像もできなかった景色が目の前に広がっている。