日頃お世話になっている方から、一冊の本を贈られました。

『精神科医が伝えたい「発達障がい」でもだいじょうぶ!』

発達障害でも

精神科の先生が書いた、ADHD(注意欠陥多動性障害)・アスペルガーについての本です。

精神科の病気になじみのない自分でも、この病気に特有の‘生きづらさ’が豊富なエピソードによって容易に想像できました。社会にうまく適応ないがゆえに2次性の精神科疾患を発症しやすいことなど、とても興味深く読みました。

この本の素晴らしさは、単なる病気に関する知識の羅列ではなく、本人や家族などの身近にいる人が、症状をどのように受け止めていけばよいのかについて書かれている所です。著書の考えを一言に集約したフレーズがこれ。

困っていれば「障害」、困っていなければ「個性」

発達障害というのは非常に曖昧な概念です。診断基準も数年おきに変化しますし、そもそも発達の状況は一人一人異なり、個々の能力に凹凸があるのは当然なので、明確に白黒つけるのが難しいようです。そんな中で、本人の状態を病気の症状として扱うべきか判断する目安が上のフレーズという訳です。

よく使われるフレーズ「病気についてよく知りましょう」という言葉の奥にあるのは、早く見つけて何でもかんでも通院しましょう治療しましょうという考え方ではなく、病気をよく知ることで周りの人の本人に対する見方や接し方を変えて、本人が本人のままで生きやすい環境を作っていきましょうという考え方。つまり本人に対して「そのままでいいんだよ」という愛あるメッセージなのですね。

この本を読みながら、私は日頃接している認知症患者さんのことを思い出していました。

発達障害と同じく、認知症も診断はあいまいな所があります。長谷川式という物忘れのテストはありますが、絶対的なものではありません。20点以下は「認知症の疑いが強い」はいいとして、21点以上をとったのに「認知症が否定できない」ですから、何点とったって容疑は完全に晴れない訳です。(私は30点満点のピック病患者さんを知っています)語義失語をチェックするのにいつも「弘法も筆の…何でしたっけ?」と聞いていますが、あまり勉強していない大学生は語義失語ありにカウントされてしまうかもしれません。

診察があてに出来ないなら日頃のエピソードが大切だ、ということで認知症を疑わせる行為をチェックしますが、これだって完璧ではありません。突然スイッチを入れたように怒り出す‘スイッチ易怒’という用語がありますが、家族から話を聞いてみると

「お父さんは昔からそういう人です。これでもだいぶましになった方です。」

と言われたり。整理整頓が得意で家の中をいつも片づけていた主婦が掃除をしなくなり家が乱雑になったら認知症症状かもしれませんが、昔から乱雑だった場合は単なるズボラ主婦です。その中間くらいだった場合にはどう判断するか?悩むところです。

認知症が疑わしいけれど検査や治療を進めるべきか?そんな疑問に、端谷先生のメッセージが答えてくれます。つまり、「その症状で誰がどんな風に困っているのか?何を心配しているのか?」ということですね。

私は職業柄、高齢者と接する時は常に「認知症がないかしら?」という目で見てしまいます。中には明らかに認知症がありそうだな…という風情なのに、認知症のにの字も出さず何事もないように接しているご家族がいます。お節介ながら家族に

「○○さんは…物忘れなんかはあります?」

とさぐりを入れますが

「いや~。さっき言ったことをすぐ忘れてるから、だいぶボケてるんじゃないですか。」

とあっさり。困っていないか聞くと

「働いている訳でもないし、それなりに自分のことは出来てるし困ってません。」

もはや私の出る幕はありません。ここまで来ると、とんちんかんな答えもさっき聞いたばかりの話も「とぼけたお婆ちゃん」という「個性」に昇華していて、「脳の障害」ではない。いい感じで受容されているのです。

認知症の場合、薬には進行を抑える効果が期待できるから、今困っていないからこそ今のうちから薬を使っておいた方がいいよ、という考え方もあって上のようなケースで治療をするべきかとう点での結論は白黒つけられません。ただ色んなことを忘れてしまう本人からしたら、周りから「あれも出来ないこれも出来ない」と出来ないことばかりに着目されてダメ出しを受けるよりも、「年もとってるし、まぁこんなものじゃない?家にいれば留守番くらいにはなるでしょ。」と受け止めてもらう方が心穏やかでいられる、という一面もあります。要は見守る家族の視点の中で、薬などを使って改善を目指す「期待」と、今のままでもいいんだよという「受容」のバランスを上手に取っていくのがいいのかな、と思います。

ちなみに本の中で、発達障害の症状改善の可能性があるアイテムとして、認知症診療にも使われているフェルラ酸や漢方薬(現在こっそり勉強中です)もありました。早速情報を必要としている仲間とシェアしよう!と明るい気持ちになりました。困った時には自然と解決の道が示されるものですね。