コウノメソッドのことをよく知らないご家族に

「認知症はどうせ良くならないんですよね?」

と聞かれることがあります。「良くなることは無理でも進ませないことは出来ますか?」とかね。そんな時のご家族の目に浮かぶのは、不安とあきらめ、そしてわずかな期待の色。

そんな時、私は必ず

「私は良くなると思って治療しています!」

と答えます。できるだけキッパリと、自信を持って。

これは2年前に物忘れ外来が始まった時からの習慣です。河野先生が「良くしようという熱意がない医者にかかってはいけない」と言っていたので。ただ、スタート当初は経験も少なかったので内心ビクビクしていたし、その言葉は半分はったりみたいなものでしたが。それでも他の病院で良くならなかったり心ない言葉をぶつけられたりして(うちの母はレビーなんじゃ…と言ったご家族に「レビーだとしたって治療なんてないんですから」と言った医師がいました)当院にたどり着いたご家族に対しては、自信を持って接するのがプロとしての礼儀だと思っていました。それを支えたのは自分への自信と言うより、コウノメソッドという診療スタイルへの信頼や自信です。そうやって診察させて頂いた患者さんお一人お一人の症例経験、改善例の蓄積によって、今は本当の自信を持ちつつあります。

さて、認知症がよくなると聞けば、当然気になるのは

「良くなったことを、どうやって評価すればいいんですか?」

ということ。コウノメソッドをネットで検索して遠方からはるばるやって来られる熱心なご家族から時々聞かれることがあります。新しい薬が始まると、その薬の効果を確かめたくて仕方ないのですね。中には

「先生が夫にやってくれた検査(長谷川式認知症スケール)を、家でもやった方がいいんでしょうか?」

というご家族も。ご家族の熱意は買いつつも、この申し出に対しては

「そ、それは…やめて下さい。」

とストップをかけます。そんな時にご家族にする説明は、こんな感じです。

例えばあなたが夫から

「練習すれば、ぜったい3桁どうしの掛け算が暗算で出来るようになるから。僕もできるんだし。さ、できるように毎日練習しよう!」

と言われ、毎日のように食事の前に「126×267は?」と問題を出されたらどうですか?あなたのことを愛して一生懸命やってくれているから、頑張ってついて行きますか?私は可愛い奥さんではないので、ごめんです。断固拒否です。

3桁どうしのかけ算なんて…と思うかもしれませんが、認知症の患者さんにとって桜・猫・電車を覚えておくことも、それと同じくらい高いハードルかもしれません。認知症の患者さんに何かを覚えてもらおうとか、記憶力がアップしたかどうかを自宅で評価しようというのは、そういうことなんだとわかって頂きたいのです。だから診察室での長谷川式スケールも、患者さんの尊厳を損ねかねないし、不快な気持ちにさせて申し訳ないな…と心の中で謝りながらやります。初診時には評価のためにやらざるを得ないけれど、しょっちゅうやるようなものでもないのです。

ましてや日常生活においてはなおのこと、本人のプライドを傷つけるようなこと、恥をかかせるような場面をなるべく作らないというのは大切な配慮ですよね。認知症患者さんによくなって欲しいという期待を持つことはとても素晴らしいけれど、今のまんまのあなたでもいいんだよというメッセージも伝えて欲しい。

「じゃあ薬の効果判定はどうしたらいいんですか?」という問いかけに対しては「ただ見ていればいいんです。」と答えています。テストするのではなく、ただただ見守る。

薬による変化は、多くの場合一つ一つはちょっとしたことです。これまでついていても見ていなかったテレビドラマを最後まで見ているようになった、もともと好きだった畑いじりをまたやろうかなと言い出した、奥さんがごみを出そうとしたら「俺がやっておくよ。」と言ってくれるようになった。久しぶりに会った孫に「ばあちゃん顔がしっかりしたね。」と言われた。そんな小さな変化をきちんと捉えて外来で報告してくれるご家族は、素敵だな、と思います。そして私も、外来にお洒落して来て下さるようになった方のことを、心から褒めまくります。(身の周りを整えようと思えることは、素晴らしい変化ですから)

そしてもう一つ。私自身がこの方の認知症診療が成功しているかどうか、の判断の目安にしているのは、長谷川式の点数が何点アップしたかではなく、介護度がどのくらい下がったか、でもなく「その家庭に笑顔が戻ったか?」です。たとえば陽性症状が強くて疲れきっていた家族に余裕が出た、おばあちゃんのトボけた発言を家族みんなで笑う余裕が出た、というのは良い変化です。年を重ねていく以上、長谷川式も体の活動性も、少しずつ少しずつ落ちていくのはやむを得ないことだし、それを敗北だとすると全員負けっぱなしかもしれませんが、家庭の中の穏やかな時間を取り戻すことなら、何歳でも出来そうな気がします。極端な話、医者としての自分にやれることがなくても、家族の接し方やデイサービスへの参加で症状が改善すれば、結果オーライで万々歳なのです。

私が自治医大の一次試験に受かった時、同級生O君のお父さんがこんな話をしてくれました。O君の弟は生まれつきの重い病気を背負って生まれてきて、何度も入退院を繰り返していました。

「息子の病状のいい悪いで家庭の空気がよくなったり悪くなったりするのは当然。でも、主治医が明るい空気を持っていると、息子の調子が今一つでも家族が希望を持っていられることもあるんだ。だから白土さんも、家庭を明るくしてくれるような医者になって欲しい。」

今でもこの言葉を心に留めていて、いくつの家庭を笑顔にしたかを医者としての成績表にしようと思っています。

石井さん宅

写真は訪問診療でお邪魔している石井さん宅。

訪問のついでに畑のトマトをもいでいるのであって、トマトをもぐついでに診療をしているのではありません。