大塚家具の父と娘の対立がテレビで取り上げられていた時、複雑な思いでそれを観ていた私。次元は異なれど、正直私にとって他人事とは思えなかったのです。わが家の場合は娘に対等に対立するだけのレベルでなかっただけであれほど深刻な対立には至りませんでしたが。
正月明けにOさんにお願いする話が突如中断したため、しばし放心状態で1カ月ほど開業の話を進める意欲がなくなってしまいいました。何とか気持ちを切り替えようと新たに開業支援をしてくれる方を探す日々。開業支援の業者さんはたくさんいるようですが、実際にお会いしてみたいという方にはなかなか巡り合えず。それでも何とか3社の業者さんとお会いし、誠実に仕事をして下さりそうなKさんにお願いする方向で進んでいました。Kさんは一度は笠間に来て下さり、候補の土地を回って下さいました。ベテランのKさんは上品な話し方をする紳士で、気になる父との相性も問題なくクリア。少しホッとしたものの、肝心の不動産は、なかなか適当なものが見つかりません。
「時間がたてばチャンスがあるかもしれませんから、少し経過を見ましょう。」
という言葉と共に、何ヶ月かの時が流れ停滞ムードに。
その間にもやれることはやっておこうと、資金調達のために動いたりと父と行動を共にするうちに、あることに気づいてしました。自分一人でクリニックを作っていくという切実な覚悟でスタートしたはずなのに、経営面で頼りになる父という身内がいると、なんだか緊張感に乏しくなる自分がいるのです。業者さんと父の間で飛びかうよくわからない用語のやり取りを、まるで他人事のように傍観している自分に気がついた時には、自分が怖くなりました。
未熟ながら一人の経営者として覚悟を持ってがむしゃらに努力していかなければ、この先何十年と経営が続くはずがありません。経営がうまくいかなければ、自分が描いた理想の医療はすべて水の泡となります。自分の体を託した患者さんやご家族にも、生活を託したクリニック職員にも多大な迷惑がかかります。そう、問題は父ではなく、私自身だったのです。
これからは父の助言を参考としつつも、すべて自分が主体となってやっていこうと決めた時に、思い切って父に自分の気持ちを伝えました。これってもしかして親子勘当?などと最悪の事態も想定して電話で伝えたのですが、父の反応はいたって穏やかでした。
「わかった。でも要所要所の大事なポイントでは、きちんと経過を報告するように。」
父の血をひいた頑固娘には、何を言ってもムダと思われたのかもしれません。それ以来、父は開業については絶妙な距離感で見守ってくれています。時々は見ていられないのかアドバイスをくれますが。いつまでたっても心配をかけっぱなしの不肖娘ですが、親というのは本当にありがたい存在です。