先日つくばで開催された井齊偉矢先生の勉強会でお話をお聞きして、面白いと思ったこと。それは、西洋薬と漢方薬の体へのアプローチの違いについて。

・西洋薬(新薬)は、ドーン!とボタンを押すイメージ。

スイッチ - コピー - コピー (2)

西洋薬と体の応答システムは、1対1対応。薬は人工的に作られた化合物なので、患者の病態に関わらずいつも同じように作用する。「Always 薬」(いつだって薬)。例えば、降圧剤は血圧が低い人が飲んでも血圧も下げてしまいます。怒りっぽい認知症患者さんが中核薬を飲んで、ますます怒りっぽくなるのも同じですね。内臓の働き、免疫力のいずれも脆弱化している高齢者は、スイッチボン!の極端な刺激で容易にバランスを崩してしまいやすいので、注意が必要です。

・漢方薬は、たくさんあるボタンを軽いタッチで「タタタ…」と押すイメージ。

漢方薬は‘超多成分’の集合体で、1つ1つの成分を単独で飲んでも出ない効果が、ごく微量どうし特定の配合で組み合わさった瞬間に出現する、という何とも不思議な存在です。その応答システムは複雑で、体と応対システムの関係は1対1ではなく、複数のシステム応答することも多いのが特徴です。(確かに漢方薬は異なるカテゴリにまたがる症状改善効果が見られることがよくありますね。なんでそことそこに効くの…?と思うことがよくあります

面白いのは、漢方は「Sometimes 薬」(時々、薬)つまり患者の病態と呼応した時だけ薬剤になるということです。芍薬甘草湯は、こむら返りの人が飲めば筋肉の緊張が和らぎこむら返りが治る一方で、こむら返りを起こしていない人が飲んでも、筋肉が弛緩してグデングデン…とはなりません。これは漢方薬が‘システムを正常化する応答を引き出している’からであって、直接的に治しているのは自分だから、なのだと言います。自分の体が自分を治すのにやり過ぎはないので、安全性が高いのかもしれません。

井齊先生の前著で「疲れた」「弱った」に漢方が効くという本を読み、漢方とはまさしく弱ったところだらけの高齢者のために存在するのでは!と開眼しました。漢方ノートを作り、ことあるごとにこのノートを開いてはせっせと漢方を処方し始めました。思った以上に患者さんに喜ばれることが多く、勉強してよかった…と喜びを感じています。今回勉強会の復習をしながら、漢方と高齢者の相性がよい理由が垣間見えた気がしました。

高齢者

認知症の中核症状改善薬の増量により状態が悪化する方が続出している件で、当初は「医師の裁量よりも製薬会社の添付文書が優先されている」ことが問題とされていました。しかし増量規定が事実上撤廃された今でも、現場では副作用で調子が悪い方は後を絶たないのが実情です。それを見ると、副作用問題の本質はそれ以外にもあるように思えてなりません。そもそも、医師本人に‘さじ加減’を行う意志があるのか?ということ。目の前の患者さんの年齢も体重も状態も考慮せずに同じ量の薬を出すというなら、裁量権はいりません。診察の度に「Always 薬」ボタンを、機械的に押せばいい。忙しい外来ではこちらの方が効率的とも言えます。でもその結果、認知症患者さんを待っているのは…。西洋薬を処方するということは、用量というさじ加減を調節するという責任とセットでなければいけないのだな、と改めて自戒したのでした。